退職を申し出たときに、次のようなことを言われたことはありませんか。
- 「急に辞められたら困る。損害が出たら、その分は払ってもらうからね」
- 「研修費用も出してるんだから、1年以内に辞めるならその費用を返してもらう」
- 「後任が決まるまでは、辞めてもらっては困る」
こう言われると、『本当に辞められるのだろうか』と不安になる方もいるのではないでしょうか。
退職代行を使う人が増えている背景にも、こうした引き止めがあるのかもしれません。
派遣法、偽装請負対策、フリーランス法に特化した社会保険労務士の東谷です。
先に結論をお伝えします。辞めたというだけの理由で、会社にお金を払うことは、ほとんどありません。「急に辞められて損害が出た」と言われても、実際に請求が認められることはほとんどありません。
一方で、会社の物を持ち出した場合や、研修費用を立て替えてもらっていた場合は、扱いが違います。この記事では、その違いについて解説したいと思います。
1.違約金をあらかじめ決めることは禁止されています
- 「途中で辞めたら違約金10万円」
- 「無断で辞めたら罰金」
このように、労働契約に違反した場合の違約金や損害賠償額をあらかじめ決めておくことは、労働基準法第16条で禁止されています。
実際に会社に損害が発生したかどうかにかかわらず、退職した場合に支払わせる金額を前もって決めておくことはできません。
入社時の誓約書や就業規則に書かれていても、その定めに基づいて会社が予定額を請求することはできません。本人が署名している場合も同じです。
この禁止に違反した会社には、6か月以下の拘禁刑または30万円以下の罰金が科されます(労働基準法第119条第1号)。
研修費用を返すように言われたときは
会社から研修費用の返還を求められた場合も、その請求が認められるかどうかは、契約の内容や研修の実態によって異なります。
会社と本人との間で、研修費用について雇用契約とは別の明確な貸付契約があり、一定期間勤務すれば返済を免除するという内容になっている場合には、違約金ではなく、貸したお金の返済として認められることがあります。
一方、形式上は研修費用の返還であっても、実質的に「一定期間働かずに辞めたら罰金を支払う」という内容であれば、労働基準法第16条に違反し、無効と判断される可能性があります。
判断する際に確認されるのは、主に次の点です。
- 研修費用について、雇用契約とは別の明確な貸付契約があるか
- 研修を受けるかどうかを、本人が自由に決められたか
- 会社の業務に必要な研修か、取得した資格や知識を退職後も本人が活用できる研修か
- 返済が免除されるまでの勤務期間や、返還する金額・方法が不合理なものではないか
会社の指示により、業務上必要な研修を受けたにもかかわらず、退職時にその費用を返すよう求められた場合は、返還請求が認められない可能性があります。
返還を求められたときは、研修費用に関する契約書や誓約書を確認し、研修の内容、費用の金額、返還の条件、返済が免除される時期などを確かめてください。
2.会社が給与から勝手に差し引くことも、原則としてできません
会社から「損害分は退職時の給与から差し引く」と言われる場合もあります。
しかし、会社が損害額を一方的に決めて、給与から差し引くことは原則としてできません。
労働基準法第24条では、給与は全額を本人に支払うことが原則とされています。
税金や社会保険料など、法令に基づいて差し引かれるものはありますが、会社が損害賠償を請求しているというだけで、給与から自由に差し引けるわけではありません。
3.期間の定めがない雇用契約では、原則として申出から2週間で退職できます
「後任が見つかるまで辞めさせない」と言われることもあります。
期間の定めがない雇用契約の場合、働く人はいつでも退職を申し出ることができます。原則として、退職を申し出てから2週間が経過すると、会社の承諾がなくても雇用契約は終了します(民法第627条第1項)。
これは正社員に限りません。パートやアルバイトでも、契約期間が決まっていない場合は同じです。
就業規則で「退職は1か月前までに申し出ること」と定めている会社もあります。引継ぎやトラブルを避けるため、可能であれば就業規則に沿って早めに申し出ることが望ましいでしょう。
ただし、就業規則にそのような定めがあるからといって、会社が承諾するまで退職できないわけではありません。
一方、契約期間が決まっている有期雇用では、原則として、契約期間の途中で辞めるには「やむを得ない事情」が必要です(民法第628条)。
ただし、1年を超える契約を結び、働き始めてから1年が経過している場合には、申し出ることで退職できます。一部の専門職などには例外があります(労働基準法第137条)。
4.会社が損害賠償を請求できる可能性があるのはどのような場合か
退職したという事実だけを理由に、会社が「いくら払え」と言ってきても、それに応じる必要はありません。
一方、退職とは別の行為によって会社に実際の損害を与え、その責任が本人にある場合には、会社が損害賠償を請求できる可能性があります。
例えば、次のような場合です。
- 会社のお金や物を持ち出した
- 顧客情報などの秘密情報を持ち出し、第三者に渡した
- 故意に会社の設備を壊した
仕事上のミスによって会社に損害が発生した場合も、会社が当然に全額を請求できるわけではありません。
損害が発生した経緯、本人の責任の程度、会社の管理体制などを踏まえて判断されます。裁判で、働く人が負担する金額を損害の一部に限った例もあります(最高裁昭和51年7月8日判決)。
また、会社が「急に辞められたため売上が減った」と主張するだけで、損害賠償が認められるわけではありません。
会社が請求するためには、実際にどのような損害が発生したのか、その損害と退職との間にどのような関係があるのかを具体的に示す必要があります。
5.損害賠償を請求すると言われたときに確認したいこと
損害賠償や違約金を持ち出されたときは、次の3点を確認してください。
その場で支払いを約束しない
「分かりました」「払います」と、その場で返事をしたり、支払いを認める書類に署名したりしないようにします。
まず、何を理由に、いくら請求すると言われているのかを確認してください。
退職の意思は書面やメールで伝える
退職を申し出た日を確認できるように、書面やメールなど、記録が残る方法で伝えます。
退職届を直接受け取ってもらえない場合には、郵送する方法もあります。
言われた内容を記録する
いつ、誰から、どのようなことを言われたのかを記録しておきます。
誓約書、就業規則、雇用契約書、会社から届いたメールなども、手元に残しておきましょう。
一人で対応することが不安な場合は、都道府県労働局や労働基準監督署内などに設置されている総合労働相談コーナーに相談できます。
相談は無料で、原則として予約は不要です。ただし、相談員が不在の場合もあるため、事前に受付時間などを確認しておくと安心です。
おわりに
「損害賠償を請求する」と言われれば、誰でも不安になるでしょう。
しかし、退職を申し出ただけで、直ちに損害賠償を支払う義務が生じるわけではありません。
違約金や損害賠償額をあらかじめ決めておくことは禁止されています。また、会社が損害額を一方的に決め、給与から差し引くことも原則としてできません。
大切なのは、その場で支払いを約束したり、内容を十分に確認しないまま書類に署名したりしないことです。
退職の意思は記録が残る方法で伝え、会社から言われた内容や渡された書類を保管しておきましょう。
会社側も、従業員を引き止めるために「損害賠償を請求する」と伝えることで、労働基準法上の問題を指摘される可能性があります。
誓約書や就業規則、研修費用の取り決めに、退職時の違約金や損害賠償額をあらかじめ定めた条項(労働基準法第16条)が残っていないか、一度確認しておくことをおすすめします。
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